記譜法の歴史

   「碣石调・幽蘭」の楽譜
   「碣石调・幽蘭」の楽譜

 中国最初の記譜法は西周(紀元前1066-771年)の『詩経』にさかのぼる。『詩経』の305編以外、「笙詩」という音楽を記入する文献があったが、保存されなかったため、当時の記譜法が検証できない。その他、「声曲折」という記録の方法もありますが、考証に必要な出土品などまだ発見されてない。

 

 中国で発掘された最も古い楽譜は、南北朝時期(420-589年)に書かれた古琴の曲「碣石调・幽蘭」である。その記譜法が「文字譜」と呼ばれ、古琴に使う記譜法である。言葉通り、文字譜は古琴の運指法や弦の位置を文章で記述する。孔子がこの曲を作曲し、伝授したという。

 現在、「碣石调・幽蘭」の楽譜は東京国立博物館に保存されている。恐らく、遣唐使によって日本に持ってきたと思われる。この記譜法はとても複雑で、リズム、強弱と旋律の高さが記述されていないが、古琴の伝授に大きな影響を及ぼした。

 

 文字譜が改善され、唐の時代に「減字譜」に発展した。「減字譜」は「文字譜」で使われた漢字の部首を使い、部首の組み合わせで楽譜を記述する。例えば、人差し指を「人」、内側に弾くの「抹」を「木」で表現するなど。楽譜の読み上げる時は、ほぼ文字譜と変わらないが、記号で表すことで読みやすくなった。

 

 明・清朝に入ったら、「減字譜」の記譜法が定着してきて、音の高さや変化がより正確に記述するようになった。しかし、演奏するにあたり、様々な楽譜を参考に読み取る必要があり、指で慣れるまで習得するまで相当時間がかかる。現在古琴の演奏も、減字譜を使用している。